あうとわ~ど・ばうんど

'Round Midnight

Eric Dolphyのサイドマンものは、あまり多く持っていない。11月22日にも同様のことを書いたが、たとえドルフィーがどんなに素晴らしくとも、結局は、菊の花束に薔薇を一輪交ぜたみたいで薔薇は薔薇として美しいけれど花束がチグハグなせいで薔薇の色が褪せて見える、みたいに感じられて悲しいのだ。
せいぜい、コルトレーンもの数枚、ミンガスもの数枚、オーネットの「Free Jazz」、アンドリュー・ヒルの「Point of Departure」、他数枚、そんなものだ。「ブルースの真実」も持っていない(昔は持っていたが面白いと思ったことがなかった)。そんな中、一番好きなのは(皆さん予想通り)「Ezz-thetics/George Russell Sextet」だ。
とはいえ、このアルバム、結局ドルフィー以外はなーんの聴き所もない(あくまで個人的感想)。久しぶりに最初から聴き返しみたが、やっぱり、ちょっと退屈だったなあ。特にラッセルのピアノ、本人は本当に楽しんでやってるんだろうか? で、ドルフィーを大フィーチャーした最終6曲目「'Round Midnight」ということになる(余談だが、この曲、正式には「'Round About Midnight」というはずなのだが、なぜAboutはなくなってしまったのか)。
このイントロは、しかし、どうにかならないものか。2曲目「Nardis」もそうだったが、妖しいムードを出したいのは分かるが、なーんか、イモなんだよなあ。お、ドルフィーのアルトが来た。うっわ〜、たっまんねえわ〜。とーっても素晴らしい(ちなみに、この61年という年は、ドルフィーがサックス奏者として確実に一つのピークを迎えていた時期だと思う。個人的見解だが、ドルフィーはそれを自らの手で壊し、新たな段階へ進もうとした、と考えている。少なくとも62年以降、ドルフィーのアルトによるアドリブは、それまでと発想法が違う。というふうに自分はみているのだけど、どうだろうか? この論考は、いつかやりたいと思っている)。ドルフィーのアルトは、モンクのオリジナルに一番忠実なムードを持っている気がする。ドルフィーとモンクの共演盤がないのは、本当に歴史の痛恨事としか言いようがない。



ところで昔、Jerichoで、この曲の「別テイク」というレコードを聴かせてもらったことがある。自分のような凡人の耳には、まったく同じ演奏にしか聞こえなかったのだけれど、本当の所どうなんだろう?