あうとわ~ど・ばうんど

田中啓文 / イルカは笑う

田中啓文さんの新刊を読む。

イルカは笑う (河出文庫)

イルカは笑う (河出文庫)


田中さんの小説は「鍋奉行犯科帳 (集英社文庫)」や「笑酔亭梅寿謎解噺」シリーズ、「こなもん屋うま子」、「サキソフォンに棲む狐」などのように、登場人物たちの胸のすくような活躍や機微を楽しめる娯楽的作品も良いのだが、短編ではグロやSF、笑いに純化した田中さんの精髄が剔出され、これはもう言語芸術と言っていいように思う。

この短編集は、社会情勢や歴史、教養、教訓などとは無縁に、ただ言語のみをエネルギーとする「永久機関」の運動によって精緻に構築された世界を賞玩することにより味わうことのできる、至福かつ甘美なる読書体験をもたらしてくれるはずだ(※個人の感想であり、商品の効能を確約するものではありません)。


以下、ネタバレを含みますのでご注意を。



「ガラスの地球を救え!」における記憶をくすぐられるSFギミックの数々、物語終了後にこれでもかと畳み掛ける註(「本能寺の大変」)、「発狂した宇宙 (ハヤカワ文庫 SF (222))」に繋がるかと思いきや全く関係なくイルカたちが後味の悪さをもたらす表題作、ハードボイルドな流れから最終盤の見事などんでん返し(語りの構造を考えれば、主人公は一行目から○○○だったということだ)「屍者の定食」、終盤の地口の畳み掛けがほとんどアンチロマンの域に達している「血の汗流せ」、長編SFにもなりそうなネタだが小気味よいスピード感で一気呵成に結末に達する「みんな俺であれ」、どこまでも笑いが出てこないので最後で落とすんだろうと思いながら覚悟して読んでいたのにそのまま終わってしまった真面目なタイムパラドクスもの「あの言葉」(火浦功の「死に急ぐ奴らの街 (徳間文庫)」を読んだ時のことを思い出した)、ジャズホラーとのことだが恐怖とともに一陣の爽やかさも感じさせる「歌姫のくちびる」・・・など、一部言及していない作品もあるが、どれも面白い。全力でオススメ!