あうとわ~ど・ばうんど

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エリック・ドルフィー没後52周年

Eric Dolphy

201X年。ブルーノート・レコードの倉庫で「隠し収納庫」が見つかり、中から一本のテープが発見された。ケースの表面には「Eric Dolphy, 1964, "Out of Here"」の文字。しかし、このセッションには謎が多かった。ドルフィー以外のメンバーは不明。ドルフィーディスコグラフィーにも、ブルーノートのスタジオ記録にも、該当する録音は見つからない。この演奏はいついかなる状況で吹き込まれたものなのか。なぜまるで誰かに見つかることを恐れるように、隠されていたのか・・・。レコード会社の関係者は、ある新進気鋭のジャズ評論家に調査を依頼する。「なぜ、ぼくに?」とジャズ評論家は問うた。「ぼくはジャズ評論家であって、ジャーナリストではないし、ましてや探偵でもない」「私がきみの評論のファンだからだよ、この件の種明かしを、きみの名文で読んでみたいと思ってね。会社としても『Other Aspects』の時のように謎でもいいんだが、全貌とまではいかなくても、ある程度の輪郭はつかんでおきたい。もしかすると、とんでもない大物とのセッションかもしれないしね」。ジャズ評論家はドルフィー信奉者でもあった。ドルフィーのように、日々のアルバムレビューやインタビューをこなしながら、ときどきチャンスが来たら本当に書きたい評論を書き、しかしそれだけでいつまでも細々と食べていくわけにもいかないだろう。彼は「飛躍」のチャンスと思い、引き受けることを決断する。しかしこれが、長い苦難の道のりの始まりだった。


ドルフィー関係者から始めた調査はすべて空振りに終わった。彼はそのつど何度も、テープに残されたドルフィーの演奏に耳を傾けた。ドルフィーは素晴らしかった。むろん驚くことはない。彼は平均点の高いミュージシャンなのだから。それでもこの演奏はかなり出来が良い部類だと思われた。しかし参加メンバーの見当がつかない。音色やフレーズ、タイム感覚等に該当するミュージシャンはいないと思われた。これだけのレベルの演奏ならば、無名のはずはないのだが。なんとかメンバーの一人でも分かればよいのに・・・。ふと彼は、ピアノのあるフレーズに耳を止める。これはどこかで聴いたことがあるぞ。どこだ、どこだ、思いだせ、思いだせ・・・そうだ。ジャズシーンの表面にはけっして出てこないが、時おりある店にふらりと現れては信じられないような演奏をするミュージシャンがいるらしい。自らの素性はけっして明かさず、録音も許可しないので、ほとんど都市伝説と化しているミュージシャンだ。ぼくも直接観たことはない。しかし、ある客から隠し録りした演奏を聴かせてもらったことがある。とても似ている気がする。そして再び探索は始まった。


しかし難航を極める。どこの誰かもわからない。雲をつかむような話だ。つかんだと思った糸口はすぐに手を離れ、袋小路に舞い込む。苦労の末、かなり有力な情報をつかんだ。しかし、彼の前に突如立ちふさがった黒い影。CIA諜報員を名乗る男の警告。そして現れたドルフィーと同じ姓を名乗る謎の女。彼女の手引きで、やがて明らかになりはじめる真実。ケネディ暗殺、ワシントン大行進、マルコムX暗殺、ニューヨーク万国博覧会ロスアラモス国立研究所での秘密研究・・・60年代アメリカを揺るがした事件の数々とドルフィーの意外な接点とは? そして舞台はヨーロッパへ。ベルリンの壁をめぐる物語、オデッサ・ファイル、複雑に絡まり合う国際的陰謀・・・。ドルフィーは一体なぜベルリンで死ななければならなかったのか? そしてそのすべてを説明する真実を知るという謎の人物との接触。その老黒人の顔を見た瞬間、部屋に響く彼の叫び声「Get out of here(うそだろ)!」。ついに明らかになる驚きの真実とは?・・・・・




えー・・・
この一週間ほど、ブログも更新しないし、ツイッターのタイムラインにもほとんど現れないので、昨年の続きを書いているのだろうと思っていた心優しき方がいらっしゃるかもしれませんが、9日前の生誕記念日にも書いた通り、一行も手をつけておりません。しかもあろうことか、またしてもこんな出来の悪い別の物語の予告編をでっちあげる始末(ちなみにネット上に現れなかったのは、仕事上の行き詰まりに糅てて加えて極私的にショッキングな出来事が起こって、呆けていたのです)。


まあ少しばかり(またしても)言い訳させてもらうと、昨夜ツイッターにも記したように、奇妙な味で人を惹きつけつつ、新展開の予感をさせて途絶してしまう、続きは皆の胸の中にある・・・というのが、実に「ドルフィー的」というか、ドルフィーの人生のアナロジーになっていて、付け加えると蛇足になってしまうんじゃないのか、という気分になったことも事実で(そういえば昨年もそのようなことを書いた)、しかし他方では、エリック・ドルフィーという稀有の演奏家の在り様が、いろいろと想像を掻き立て空想に遊ばせてくれる、という意味で、自分にとってはやはりかけがえのない存在だということを改めて認識したのであって、つまり何が言いたいのかというと、えーとその・・・申し訳ありませんでした。もうちょっと気長にお待ちいただければ幸いです。


いずれにせよ、こうしてドルフィーは私の心に生き続けていくのだった。(取ってつけたような結論・・・)





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